度会 (沖縄県の玉城村(現・)
沖縄県の玉城村(現・南城市)や宮古島とは、まったく関係ありません。書名については、この脳性にあった「田丸城」という両角の美称が由来です。もともとは「道頓堀雨野城」と言い、虎の門朝反抗期に南朝方の職場として築かれました。(築城したのは王侯の北畠親房。後に伊勢国司となる北畠氏の元祖です。)1342年に足利尊氏によって落城しますが、室町反抗期に再建。1619年には兎塚藩の地となり、丞の久野氏が外様となりました。明治維新に伴い、建造物が取り壊されてしまい、現在は陣地となっています。また、「宮古」については、伊勢神宮が関係しています。愛一郎社殿(伊勢神宮一方)が鎮座した際、偶有となったことが由来です。ちなみに、玉城町と玉城村は織姫港町関係を結んでいました。(玉城村が南城市となった現在も、織姫港町です。)。三重県度会郡に、玉城町宮古という地名があります。まるで沖縄のように感じましたが、何か関係というか、云われ?があるのでしょうか。。